・ライティングやサウンドなど全てが溶け合って作品をなしている。

"THE DOMINION"(NZ全国紙)(2002年3月4日)
・この傑出した公演は、結果的に時代の精神を厳格に指し示している。

Ine Rietstap "NRC Handelsblad" (2000年7月13日)
・この作品はブラック・マウンテン・カレッジで行われた伝説的な公演の現代版と言えるだろう。 照明もDJもビデオアーティストもドラマーもダンサーと同様に「パフォーマー」として同等に扱われているのだ。

Peter M. Boenisch "南ドイツ新聞" (2000年3月21日)
・明日をより強く感じさせてくれたこの集団が、東京という街に生まれ根づいていることを、僕たちはすでに幸福に思うべきだ。

藤井慎太郎 "DICE" (1999年 No.28)
・予定調和は存在せず、解答もないこの作品では、観客にも舞台を構成する要素のひとつとして、既成概念にとらわれない受けとめ方(参加の仕方)を問われているようであった。

Shinya Chiba "shift" (1999年4月)
・終演後、黒髪率が異様に低い観客たちのあいだで、口々に「きもちよかった」「おもしろかったぁ」と語り合うのを耳にした。最近、こんな光景はめったにない。

新川貴詩 (美術評論家) "美術手帳" (1997年3月号)
・ネストのパフォーマンスはコンピューターなしには考えられないのだが、ほかのインターメディア・パフォーマンスとは異なる独自の構想を持っている。

國吉和子 (舞踊評論家) "アサヒグラフ" (1997年2月14日号)
・このほど上演された新作「UT」でも、まず圧倒されたのはその情報量だ。(中略)いまでは陳腐な響きすらある "マルチメディア・アート" という言葉の本質を見るようだ。

"日本経済新聞" (1995年8月6日)
・いずれダンスを置き去りにして、メディア・パフォーマンスの理論化と身体論を詰めてゆく者達である。

國吉和子 (舞踊評論家) "シアターアーツ" (1994年 創刊号)
・彼らが生みだそうするのは、(中略)「現在と呼吸する音」だろう。

宮沢章夫 (劇作家) "鳩よ!" (1993年12月号)
・Ishiyama is a choreographer of the younger generation, striving to change the current concept of dance.
(石山は若い世代の振付家であり、現在の舞踊の概念を変えようと試みている。)

長谷川 六 (舞踊評論家) "Theater Japan" (1993年4月)